No Room for Squares!

街と猫と追憶を撮る

方言についての話

 

秋田県に移住してから20年近くが経過した。ひと所に住んだ期間としては人生で最長となった。それでも、どこかでまだ馴染めていないのは何故なのか。それは、ひとえに「言葉」の問題ではないかと思っている。秋田弁のヒアリングは、完全に実用域に達している。よほどの高齢者の癖のある言葉でなければ、ほぼ聞き取る自信がある。一方で喋る方は、まるで駄目である。もう端から秋田弁で喋ろうとは思っていない。もしかしたらイントネーションや語尾が若干なまってきたかもしれないが、基本的には標準語で喋っている。この「秋田弁」についての短いエピソードを二つ書こうと思う。方言を含む言葉の問題は、実にセンシティブな領域に属する。僕は言葉そのものに対する関心が強いだけで、方言を下に見たり、揶揄するつもりは一切ないことを明記しておく。

 

エピソード①「先生との会話」

僕が秋田県に来た当初、地元選出の某国会議員の懇親会に出たことがある。政治資金パーティーではなく、こじんまりとした懇親会だった。先生は各テーブルを廻って、酒を酌み交わしながら人々と話をする。それは巷でいわれるより、有意義な会合のようだった。その先生は「いんやーまんずあれだすな~」とか言いながら僕らのテーブルに来た。言葉自体は「いや、まあ、あれですな」という特に意味のないフレーズなのだが、その訛り方は余りに極端だった。秋田弁初心者(当時)の僕が聴いても、明らかに不自然だった。いくらなんでも、そんなに訛っている人はいないだろ、と思った。もちろん地元の言葉で敷居を低くしようとした意図は分かる。テーブルにいた他の人がどう感じたのかは分からない。でもその極端な訛り方には、地元民を少し馬鹿にしているところがあった。しかも先生は、僕の標準語を聞くと困惑したような(そして嫌そうな)顔をした。この時の経験から僕は、無理して秋田弁を喋る必要はない。自分の言葉で喋ろうと決めたのだった。

 

 

エピソード②「海外旅行で心配なこと」

続いては、ローカルテレビで見た「海外旅行のCM」の話である。地元の旅行会社のツアー旅行のCMだった。行き先も内容も忘れてしまったが、「参加者は全員東北の方なので、安心です」という案内フレーズに耳が止まった。どういう意味なんだろう。最初はセキュリティの話かと思った。都会の人が参加すると、何かを盗られたり、いざこざが発生する心配がある。東北の客だけであれば、なんとなく安心するのではないか。それを秋田出身の家人に聞くと、ひとこと「言葉だよ」と言う。「え?どういうこと?」と僕。家人曰く、次のようなことだ。つまり関東や関西の人と一緒のツアーだと、言葉が伝わらないのではと心配だ。また「ズーズー弁」を馬鹿にされるのではないかと気にする。全員が東北人であれば問題は解決する。とくに年配の方はそう考えるそうだ。それを聞いて僕は衝撃を受けた。これから海外に行くのに、現地の言葉の心配ではなく、ツアー客内部の日本語での意思疎通を心配している。これは完全に盲点だった。東京から来た客とコミュニケーションが取れない東北のツアー客が、むしろ英語はバリバリだったら面白いとも思った。

 

 

エピソードは以上だが、秋田の地元民と喋ると、気づくことがある。それは「聞き返される」ことを極端に嫌うということだ。相手が何かを言う。それが聞き取れなかったり、意味が分からないとしたら、僕は躊躇なく聞き返す。聞き返しても分からなければ、分かるまで聞く。これは僕が子供の頃に教育されたことであり、「分からないことを恥ずかしがるな」という教えに基づいている。ところが、秋田県では聞き返された側が、それを恥とする傾向が強い。「俺の言葉は聞き取れない、俺の説明は分かり難い」ということらしい。そして聞き返す相手に不快感を露わにする。何度も聞き直したら、相手が怒り出したことも一度や二度ではない。僕は「分からないのは僕なのだから、問題があるのは僕の方だ」という説明をするが、どうもうまくいかない。そんな経験も、前述の二つのエピソードのことを思い返すと納得できる。大事なことは、①のように溺れることなく、②のような繊細な気持ちを理解する。20年を超えたあとは、そうして生きていこうと思う。まあそれでも秋田弁は喋りませんが…

 

X-T5 / XF35mm F1.4R

 

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